異文化コーディネーションについて話す前に、まず文化とは何かを考えてみたい。

文化という言葉は、身の回りでごく自然に使われている。食文化、外国文化、お花見文化、あるいはポップカルチャーという言葉を耳にすることも多い。しかし、文化とは何かをあらためて説明しようとすると、その実体はなかなかつかみにくい。ここでは、文化を考えるうえで重要だと思われる三つの特徴を挙げてみたい。

文化は、何かを勉強して機械的に身につけるものではない。むしろ、人が社会やコミュニティの中で生き、関わり合うなかで、少しずつ形成され、共有されていく習慣や価値観、ふるまいの傾向のようなものだ。その意味で文化は、人工的に作られるものというよりも、言語と同じく、人間の営みの中で自然に生まれ、変化していくものだといえる。

また、文化は固定されたものでもない。言語や社会と同じように、文化もまた動的なものである。たとえば日本文化とフランス文化を比べたとき、そこにはたしかに違いがある。しかし、その違いがいつまでも同じ形であり続けるわけではない。文化は、数か月後、数年後には変化している可能性があり、人の移動や社会の変化、つまりは言語の変化(逆も然り)の中で絶えず動いている。

文化は、単なる習慣の集まりではない。人が世界をどのように理解し、自分や他者をどのように位置づけるかに関わる、象徴的な側面をもっている。その意味で文化は、言語と同じように、個人や共同体のアイデンティティを支える基盤の一つになりうる。

それでは異文化コーディネーションとはなんだろうか。

異文化を理解するうえでまず大切なのは、自分自身の文化的背景をいったん相対化することだ。自分では中立に見ているつもりでも、実際には自分の言語や価値観、習慣を通して相手を見てしまう。だからこそ、知らない文化をのぞくときには、できるかぎり自分をニュートラルな位置に置こうとする姿勢が必要になる。

ただし、それは簡単なことではない。社会の中で生きている以上、自分の文化を完全にゼロにして物事を見ることは、ほとんど不可能だからだ。

私にとって、外国人として異国で生活してきた経験、そして社会言語学の研究と大学院での学びは、そのための訓練の場でもあった。物事を一つの常識だけで決めつけず、言語や社会、コミュニティの背景を丁寧に見る視点を身につけることは、異文化を考えるうえで大きな土台になっている。

日本とフランスのあいだで生じる文化的な摩擦やすれ違いに向き合いながら、双方がある程度納得できる形で対話し、関係を築いていけるよう調整することを、自分の仕事の一つとして考えている。文化は言語と同じく人と人をつなげる力をもつ一方で、違いや隔たりを生み出す力ももっている。だからこそ、そのあいだに立ち、背景を読み取りながら、摩擦を和らげ、必要に応じて緩衝材となることが重要になる。それは特定の分野に限らない。

異文化コーディネーションとは、単に文化を紹介したり、言葉を翻訳したりすることではない。異なる文化的背景をもつ人やコミュニティのあいだに入り、理解と対話のための接点をつくることだ。私はその橋渡し役として、状況に応じて調整を行い、双方にとってよりよい関係が生まれるように働いていきたいと考えている。